tennmann

神社名
天満社

御祭神
菅原道真公(すがわらみちざねこう)
木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)

例祭日
4月25日、10月25日

鎮座地
〒029-3101
一関市花泉町花泉字東鹿野48番地

連絡先

TEL 0191-82-2839
FAX
 同上

由緒
應永34年(1416)9月25日 中村城主 中村和泉守平信房の勧請
 明治43年8月1日 山の神社を合祀

時は應永34年なり。天候も順調にして4月頃より晴天打続き百姓は天候に恵まれて仕事も大いに捗り一同に喜び勇んで毎日野良仕事に精を出していた。然るに5月の田植期に至っても一回の降雨も無く、田は耕しても灌ぐ水に窮した。溜池という溜池は湛えた水は皆干せて溜池の底を現し川は涸れて引くべき水は一滴もないといふ有様である。
折角馬鍬を通した田も次々と亀裂を生ずるに至った。農民は毎日天を仰いで一時も早く降雨を祈ったのである。然れども何等の功驗もなかった。城主中村和泉守はいたく之を察して平素信仰の天満宮に降雨の祈願をかけ領内の者に布令して7日間の精進雨乞の祈願を命じた。7日の祈願の終へんとするに其の日、日中天は全くかき雲大雷鳴あり忽ちにして盆を覆へし様な大雷雨は肺然として数時間に渉り降り続き田も溜池も溝も川も一時に水を湛えた。時に此の降雨中大雷鳴と共に光輝燦然天より降下せるを見、これを城主に告ぐ。城主は直ちに人を遣わして之を調査しむるに、豈計らんや光目映き神鏡の御降下であった。これ即ち神霊なりと城主大いに感激し祠を建ててこれを祀る後に今の地に社殿を造営し鎮守の神とたたへて篤く之を祀る。今の天満社である。今尚神鏡降下の地を「降る天神」と称して神聖の地と保存す。